地下資源と「石」文化

1億年の大地の記憶を宿した天草では、その豊かな地下資源がもたらす独特の文化や生活を継承しています。島で暮らす人々を支える文化・産業について見てみましょう。

地下資源って何?

地中、または地層や岩石など、大地の下に埋蔵されているもので、人間生活に有益となる鉱物や資源をさしています。陶石、砥石、温泉などといったマグマ活動によってもたらされたものと、石炭や下浦石(しもうらいし)など堆積した地層から得られるものが、天草の代表的な地下資源です。
地下資源って何?

石文化

祇園橋

(1)祇園橋(ぎおんばし)

1832年に架けられた石橋で、国指定重要文化財。石造桁橋では日本最大で長さ28.6m、幅3.3m。全国でも珍しい45脚の石柱によって支えられている多脚式です。この石橋は、天草市下浦(しもうら)地域から採掘された砥石層の砂岩を、下浦の石工が加工したもの。
【所在地】 天草市本渡
【分類】 石橋
山口の施無畏橋

(2)山口の施無畏橋(せむいばし)

橋の長さは22.73m、幅3.24mの石橋で、壁石が薄い単一アーチの眼鏡橋。1882年に架けられ、熊本県指定文化財でもあります。石材には下浦石が利用され、天草で唯一、架橋碑が現存する貴重な石橋です。
【所在地】 天草市本渡
【分類】 石橋
楠浦の眼鏡橋

(3)楠浦(くすうら)の眼鏡橋

熊本県指定文化財である石橋。1878年に完成したアーチ型の石橋で、長さ26.33m、幅3.05mの優美な姿をしています。この橋には下浦石が用いられ、下浦の石工の手によってつくられています。
【所在地】 天草市楠浦町
【分類】 石橋
棚底の石垣群とコグリ

(4)棚底(たなそこ)の石垣群とコグリ

この地域の家を取り巻いている防風石垣群は、扇状地を構成する安山岩質の土石を利用したもので、独特の文化的景観を醸し出しています。さらに棚田には「コグリ」と呼ばれる水路が掘られています。
【所在地】 天草市倉岳町
【分類】 石垣群の景観

産業

天草砥石の産地

(5)天草砥石(あまくさといし)の産地

木目状の縞模様が美しい「天草砥石」。白く変質した(※)流紋岩(りゅうもんがん)に水酸化鉄の汚染によって茶色の縞目が自然にできたもので、建築石材や生活用品として昔から使われています。産地の周辺は流紋岩の貫入の恩恵を受け、豊かな温泉が湧き出ています。 ※流紋岩:地表に出てきたマグマが冷え固まった岩石のひとつ。白色の岩石。
【所在地】 上天草市大矢野町
【分類】 地下資源による産業
宮地浦湾の仕切り網

(6)宮地浦湾(みやじうらわん)の仕切り網

大きな干満の差を利用し、湾口の長さ約400mに高さ4mの網を張り、高潮時に湾に入り、干潮時に網の中に閉じ込められた魚を捕獲する伝統漁法の「仕切り網漁」が行われています。
【所在地】 天草市新和町
【分類】 漁業
下田温泉

(7)下田温泉(しもだおんせん)

大正時代までは河原に自然湧出があり、白鷺が飛来して傷を癒していたことから、別名「白鷺(しらさぎ)温泉」と呼ばれています。現在の泉源は掘削深度250mにあり、成分はPH7.84、泉温は51.3度のナトリウム炭酸水素塩・塩化物泉です。
【所在地】 天草市天草町
【分類】 温泉

(8)天草陶石(あまくさとうせき)の露頭

豊富な産出量を誇る「天草陶石」は、陶磁器の材料として日本一とされています。(※)中新世の火山活動によって流紋岩が陶石化してできた岩石です。 
※中新世:約2,300万年前〜533万年前までの地質時代のこと。
【所在地】 天草郡苓北町
【分類】 地下資源による産業

炭鉱

志岐炭鉱石碑台座

(9)志岐(しき)炭鉱の台座

天草地域最大規模の炭鉱として、明治中期から昭和50年まで採炭されていました。炭鉱地から港まで石炭運搬用の鉄道・機関車が操業し、天草で唯一の鉄道でした。この台座は、かつての久恒(ひさつね)鉱業志岐炭鉱入場門の安全祈願鐘の土台。
【所在地】 天草郡苓北町
【分類】 炭鉱
牛深炭鉱烏帽子坑跡

(10)牛深炭鉱烏帽子(えぼし)坑跡

海からぽっかりと口を開けている烏帽子坑(えぼしこう)跡は、明治30年に操業がはじまり、わずか数年の間採炭が行われていたもの。良質な石炭が採炭されていたといわれ、天草の石炭産業を象徴する遺構のひとつです。
【所在地】 天草市牛深地域
【分類】 炭鉱

(11)牛深炭鉱米淵(こめぶち)坑跡

天草地域で採炭される石炭は、良質な無煙炭であると知られていました。現在では唯一、牛深炭鉱の米淵坑付近に(※)夾炭層(きょうたんそう)が観察できます。
※夾炭層:石炭の層をはさむ堆積層のこと。植物由来の炭が濃集する環境が地層に残されたもの。
【所在地】 天草市牛深地域
【分類】 炭鉱

(12)魚貫(おにき)炭鉱遺構

規模の大きな炭鉱で、明治はじめ頃から昭和48年まで操業されていました。魚貫地区ではこの他に採炭遺構が残されています。 【所在地】 天草市牛深地域
【分類】 炭鉱

信仰

鬼の城公園

(13)鬼の城(おんのじょう)公園

風化侵食によってできた横壁の窪地地形を、地元の人々は「大蛇が通った跡」として、窪地に石仏110体を安置しました。地層に生じた自然の造形を、神聖な信仰の場としたいにしえの人々の息吹を感じるスポットです。
【所在地】 天草市五和町
【分類】 信仰
天草町大江海岸

(14)天草町大江(おおえ)海岸

穴観音と呼ばれるキリシタン遺物が発見された場所。潜伏キリシタンの信仰の場であったと推測されます。
【所在地】 天草市天草町
【分類】 信仰


■石工の里・下浦町

石工の里・下浦町
天草市下浦町は、下浦石(しもうらいし)と呼ばれる石材の産地。このため、石材を扱う石工文化が盛んで「石工の里」と呼ばれています。宝暦10年(1760)に松室五郎左衛門という浪人が石工技法を伝えたのがはじまりといわれ、五郎左衛門の墓碑が下浦地区に現存しています。天草市の石橋はもちろん、長崎オランダ坂の石畳など県外でも下浦の石工は活躍していたようです。


■ 天草陶石は質、量ともに日本一

天草陶石は質、量ともに日本一
天草西海岸地域で掘り出される陶石は、品質、埋蔵量ともに日本一といわれています。国内生産の半数以上を占め、有田焼などの県外の焼き物産地に出荷されています。強度が強く、焼き上がりは濁りのない透き通った美しい色に仕上がるのが特徴です。江戸時代の発明家、平賀源内が「天下無双の良品」と絶賛したと伝えられています。


■ 良質な石炭が産出されていた天草

良質な石炭が産出されていた天草
天草全域には炭層を含む夾炭(きょうたん)層が広く分布していることから、明治期を中心に炭鉱が主要産業として盛んに行われていました。天草で採掘される石炭は良質な無煙炭だったため、大変重宝されていたといいます。