天草の島々は過去1億年の地球の歴史を記録しており、その成り立ちは一言では語ることはできません。天草諸島がどのようにして形成されたのか、異なる4つの時代を背景にした11の物語で解説します。


地質時代とは?

地球誕生から人類の歴史以前の時代のことを地質時代といいます。地球の約46億年の年齢から考えると、人類の歴史はわずか0.1%未満なのです。

地質年代表


※各サイトの番号は、『天草ジオパーク「見どころ」一覧』の番号に対応しています。
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第1章恐竜時代の陸と海

第1章に関する「見どころ」(サイト名をクリックすると、説明のページに移動します。)

5 高戸の白亜紀化石[豊富で多種多様な化石]

6 椚島のアンモナイト産地[豊富で多種多様な化石]

12 アンモナイト館[豊富で多種多様な化石]

13 弁天島の恐竜足跡化石発見地[豊富で多種多様な化石]

14 京泊の恐竜化石発見地[豊富で多種多様な化石]

15 採石場跡地の断層と化石層[1億年前の大地の記録]または[豊富で多種多様な化石]

16 スフェノセラムスの壁[豊富で多種多様な化石]

18 御所浦町前島の地質と化石[1億年前の大地の記録]または[豊富で多種多様な化石]

20 西平椿公園の高浜(長崎)変成岩類[1億年前の大地の記録]

21 軍ヶ浦海岸恐竜化石発見地[豊富で多種多様な化石]

33 牛深大島[風光明媚な島の景観]

35 妙見浦[風光明媚な島の景観]

ストーリー1恐竜王国

ストーリーは、天草のもっとも古い岩石と恐竜をはじめとする白亜紀に生きた生物を化石として含む地層形成の物語から始まります。中生代白亜紀後期(約1億年前)の天草は海に近接する陸地から海で、多くの生物が生息していました。地下深い場所にあった岩石よりなる大地には、ワニやカメのすむ川が流れ、植物が森をつくり、陸上の支配者である植物食や肉食の恐竜たちが生活していました。陸地のすぐ近くには海があり、多くの貝類やアンモナイトが群れ、それを捕食するサメや首長竜(くびながりゅう)がすむ世界が広がっていました。

恐竜の足跡化石の写真
【弁天島(べんてんじま)で発見された約1億年前の恐竜の足跡化石】

ストーリー2アンモナイトの海

恐竜時代の終わりに近い白亜紀後期(約8,500万年前)、恐竜たちの歩いた陸地は日の光もあまり届かない深く暗い海の底になっていました。海底にはアンモナイトや大型の二枚貝が生息し、時折、砂と共に浅い海底にすむ生き物の殻が運ばれていました。海が浅くなり陸上となった時期には、恐竜がこの地を訪れていたようです。天草東海岸と天草西海岸では恐竜やアンモナイトをはじめとする多様な化石が見つかっています。

アンモナイトの写真
【約8,500万年前のアンモナイト(アンモナイト館)】


第2章絶滅ほ乳類と石炭形成の時代

第2章に関する「見どころ」(サイト名をクリックすると、説明のページに移動します。)

4 千巌山貝化石密集層[豊富で多種多様な化石]

7 下浦石の露頭[1億年の大地の記録]

9 遠見山化石層[豊富で多種多様な化石]

10 砥石層の潮汐堆積物[1億年の大地の記録]

17 横浦島の不整合露頭[1億年の大地の記録]

19 天附の海緑石砂岩[1億年の大地の記録]

25 おっぱい岩[1億年の大地の記録]

29 千元森嶽の崖とだご石[風光明媚な島の景観]

30 祝口観音の滝と教良木層の黒色泥岩[風光明媚な島の景観]

41 祗園橋[地下資源と石文化]

44 牛深炭鉱烏帽子坑跡と砥石層の露頭[地下資源と石文化]

45 牛深炭鉱米淵坑跡[地下資源と石文化]

46 魚貫炭鉱遺構[地下資源と石文化]

49 弁財天さま[地下資源と石文化]

53 志岐炭鉱跡の台座[地下資源と石文化]

ストーリー3大型ほ乳類の繁栄

恐竜絶滅後の新世代古第三紀(約5,000万年前)の天草地域は、水の豊かな熱帯の陸地でした。陸地には恐竜に代わって大型のほ乳類であるコリフォドンやトロゴサスが植物を食べ、川にはカメやワニなどが生息していました。

コリフォドンの化石の写真
【コリフォドンの下あごの化石(約5,000万年前)】

ストーリー4浅く温かな海から深く静かな海へ

熱帯の陸地はやがて温かく浅い海となります。その海底にはキリガイダマシなどの巻貝が生息し、底生有孔虫(ていせいゆうこうちゅう)のヌンムリテス(貨幣石)が生息していました。干潟にはキバウミニナの祖先が生息する現在のマングローブ林に似た環境が広がっていました。天草上島に見られる厚い白岳層の砂岩は、このときに溜まった砂が岩石となったものです。浅い海はこの後、深く静かな海の時代になります。

せんがんもりだけのがけの写真
【白岳層の砂岩が露出している千元森嶽の崖】

ストーリー5石炭の森としもうら石の形成

約4,500万年前になると、深かった海は浅くなり、砂が堆積する浅海から内湾へと変化しました。内湾では熱帯の気候下で大量の植物が堆積し、天草下島では泥炭の層が発達していました。これが後に「天草無煙炭(むえんたん)」として知られる良質の石炭となります。一方天草上島では泥炭の層は発達せず、浅い海には細かい粒の砂が堆積していました。この砂が固まった岩石(砂岩)は、下浦(しもうら)地域のものを「下浦石」と呼び、石材として利用されました。

石炭の写真
【石炭】

ストーリー6再び深く静かな海へ

浅かった海は、再び深く静かな海になりました。その海底では、海緑石と呼ばれる濃い緑色の鉱物が形成され、大量の貝類の死骸とともに溜まっていき、一町田砂岩(いっちょうださがん)と呼ばれる地層が形成されました。約3,800万年前になると、さらに深い海底で泥と砂が堆積して、天草下島に分布する坂瀬川層(さかせがわそう)が形成されます。おっぱい岩もこの地層の泥岩に形成されたものです。

あまつけのかいりょくせきさがんの写真
【天草市新和町(しんわまち):天附(あまつけ)の海緑石砂岩】